そして法人は満10歳に…大きな決断を迫られるとき
- 代表理事
- 1 日前
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更新日:6 分前
(前記事からの続き)
そして2月12日には法人設立満10年を迎えました。
(当日は半日お休みをもらっていたのに、トラブル対応で前日から徹夜、朝から対応に追われ…。ヘロヘロで記念日どころではなかったのですが…😵💫)
10年前(正確に言うと11年ぐらい前)の私は、このまま働き続けたら心が壊れてしまい、定年を迎えた時にもらった花束を投げつけて暴言を吐いて去っていく自分しか想像できないような状況に陥っていました。
そろそろ職業人生の最終段階をどう迎えるかを考える時期に差し掛かり、せめて定年退職する日は笑って迎えたいと思い、思い切ってその環境を離れる決心をしました。
まさか自分が起業するなどとは考えてもおらず、転職活動をしながら何か役立つかも…と軽い気持ちで通った起業セミナーでは、難しいからと宿題も提出せず講師の先生に呆れ果てられる始末。「もう知りませんよ」と怒られて奮起し、最終の事業計画プレゼンで最優秀にはなれなかったものの、「起業するまでフォローするからブラッシュアップして起業しませんか?」と講師の先生に声をかけられ、後に引けなくなってしまった…というのが、からふるの始まりでした。
当の本人は、最終プレゼン終わったら卒業や~、宿題なくなる~!とそこで終わる気満々だったのですが…。
中小企業診断士の先生に付いていただき、事業計画のブラッシュアップや金融機関とのつなぎなど、超有料級のサポートを何と無料で受けさせていただきました。開業までに協力してくれる方が次々現れ、自分でも考えられない力学が働き、気が付いたらからふる・ぶらんしゅが生まれていました。
この10年間、からふるだけでなく社会も大きく変わりました。
児発や放デイは右肩上がりで増え、からふるより後発の事業所の方が多くなりました。
重症児や医ケア児を受け入れる事業所もたくさん増えました。
医ケア児の数も増えていると言います。
そして「医療的ケア児支援法」により医療的ケア児が保育園等に入園できるケースも増えました。
しかし乙訓では、全国的に報道されていることとは異なる状況を体感しています。
10年経っても、からふる以外に重症児や医ケア児を受け入れる事業所は一つもできません。
医ケア児はどんどん減ってきています。
保育園等に入園できるケースはありますが、できないケースや条件付きのケースもあります。
満10年を迎えた法人として、全国の流れとは異なる乙訓地域の事情を鑑みて、大きな決断をするに至りました。
来年度末をもって児童発達支援を一旦閉じて、違う形で就学前の子どもたちの支援が出来るよう、方向性を変えていこうと考えています。
この1~2年、からふるの児発の利用者が減り、子どもたちの集団形成が難しくなってきたことが悩みでした。
地域の保育園の園庭開放などに参加させていただき、たくさんの子どもたちと触れ合う機会を作ってきたものの、出席者がひとりぼっちの日もだんだん増え、児発の意味を自問自答する日々でした。
来年度はそれがより顕著になってしまいます。
厳しい人員配置規定があるため、たとえ出席者が0人であっても、最低人員の配置を求められる制度下では、人件費高騰の昨今において経営を圧迫することも予測されます。どこかで決断が必要とここ数年考え続けてきました。
からふる乙訓の究極の目標は、どんなに重い障がいやどんなに多くの医療的ケアがあっても、希望する保育園や学校、学童保育所などに通うことができ、どこでも個別の配慮やケアを受けられ、どこに通っていても専門性の高い保育や教育が受けられる世の中になり、からふるの役目を終えることです。
まだまだ世の中はそのようにはなっていませんが、からふるの存在が医療的ケア児の保育園入園にマイナスに働いてしまうこともあるように感じているので、ここで大きな決断をすることで、からふるの究極の目標に一歩近づけたらと考えています。
悲壮なお知らせというよりも発展的なお知らせと捉えていただければ幸いです。
詳細が決まりましたらまたお伝えしたいと思います。
